児童虐待

児童虐待の歴史と背景・児童虐待防止法について

児童虐待 歴史 背景

最近では児童虐待という言葉が広く知られるようになりました。2020年4月から法律で親の体罰が禁止になるなど、虐待に対して社会的な関心が高まっています。

児童虐待は、古くからありましたが、社会が問題として扱っていませんでした。

 

今回は児童虐待がどのように社会の問題として取り上げられてきたのか、その歴史と背景を解説したいと思います。

 

現在の児童虐待とその対応策は?

現在の児童虐待は、児童虐待防止法という法律により定められた、保護者が子どもに行う次の4つの行為のことを言います

 

身体的虐待

殴る、蹴るなどの暴行、わざと溺れさせるなどの児童に外傷を与える、

または与える恐れのある行為

性的虐待

児童にわいせつな行為をすること、またはわいせつな行為をさせること

ネグレクト

著しい減食や長時間の放置など、その他の保護者として監督を著しく怠ること

心理的虐待

言葉による脅迫、傷つく言動を繰り返しする、兄弟で差別的扱いをするなど、心理的外傷を与える行為

 

このような児童虐待を受けた子どもの権利を保護することを目的に、児童と保護者との関係を調整することや保護者の指導、保護者では養育不可能と判断した場合は、保護者から引き離し児童養護施設で育てることができるのが、児童相談所です。

 

児童相談所における児童虐待相談対応件数

児童相談所(通称:児相)は、児童虐待の対応を統括的に行っている行政機関です。児相では児童虐待に関する相談だけに限らず、非行相談やしつけなどの育成相談、心身に障害を持つ子どもの障害相談といった、子どもの福祉に関する業務を幅広く行っています。

 

しかし、実際には児相において児童虐待の相談件数は上昇し続け、業務内の比重が上がり続けています。現在、児童虐待はそれだけ社会的な関心をもつ問題として捉えられていると言えるでしょう。

 

次の図は児童相談所における児童虐待相談対応件数です。2010年(平成22年)頃から急激に増え始め、2018年には15万9850件に到達しています。

 

この増加だけ見ると、子どもの育成環境が悪化しているように見えますが、虐待件数が増えているという意味ではなく、虐待に対して社会的な関心の高まりが、従来見つけられていなかった虐待の発見や、しつけや育児に対する意識の変化が現れているものだといえます。

児童虐待が社会の中で関心を高めていますが、どのような背景で現在の状況になったのでしょうか。歴史を追ってみたいと思います。

 

児童虐待の歴史

児童虐待の歴史というのは、児童のしつけや養育に対する捉え方の歴史でもあります。日本でおいて1980年代までは、児童虐待というのはごくごく少数特殊な家庭問題で、豊かな日本にはあまりないと考えられていました。

 

しかし、1990年代に入ると児童虐待が一般的なものであるという認識が広がっていくこととなります。つまり、虐待という問題が発見されていくことになります。

 

今回は法律とその制定背景から、児童虐待を見てみたいと思います。

 

1980年代までの児童虐待の法律とその背景

日本における児童虐待の取り組みは戦前にまでさかのぼります。

 

1933年に『児童虐待防止法』という法律が制定されます。しかしこの法律が制定された背景は、親子心中の防止、欠食児童の援助、見世物や乞食、風俗での児童労働の禁止です。つまり、この時代の虐待というのは『貧困』と強い関連があり、また家父長制の強い社会でしたので、家族のための子どもという考えの中で子どもが搾取されるのを防ごうという意図がありました。日本が第二次世界大戦で破れ、GHQの統治により民主化が図られると、欧米の福祉の考え方が強く反映されることになりました。

 

戦後すぐの1947年には、『児童福祉法』が制定されました。この法律は戦争により親を亡くした戦争孤児が家を失い、路上に溢れているという社会背景の中、子どもたちの最低限度の生活を保障するために制定されました。この時に『児童虐待防止法』であった禁止規定が、児童福祉法(34条)に含まれることになり、『児童虐待防止法』が廃止されます。

 

この後、日本は高度経済成長期の中目覚ましい経済成長を遂げ、社会は非常に豊かになり、虐待というのは貧困と関連が強いものと考えられていたため、1990年代まで一部取り上げられるものの大きな問題視はされませんでした。

 

子どもの権利条約と児童虐待の発見

1989年に『児童の権利に関する条約』が国連で採択され、子どもの権利がうたわれると、日本は法整備の不備から条約を批准していませんでしたが、1994年に批准をしました。

 

この条約には19条に児童虐待に関する項目が盛り込まれていました。19条は先ほどの4つの虐待行為に対して、社会や行政が子どもを保護することが明記され、虐待に関する調査や議論が日本でも始まりました。ここから子どもの権利条約から子どもを権利の主体としてとらえ直す考え方が広がり始め、また出生率の低下から子どもに対する関心が高まってきました。

 

権利条約の批准という背景を受けて、1997年に『児童福祉法』が改正され、児童相談所の機能整備や、児童虐待などの家庭問題への方策が盛り込まれました。また、2000年に『児童虐待防止法』が制定され虐待の定義、通告義務が規定され、本格的に社会問題としての子どもの虐待がマスコミ等を通じて議論されるようになりました。

 

法律・条約名

その背景と影響

1933年

児童虐待防止法

貧困や子どもの搾取からの保護を狙った法律

家父長制の影響が強い社会の中での労働搾取から保護しようとしたため、保護者に対する禁止という意味合いが強い

1947年

児童福祉法

戦後の戦争孤児を保護することを背景に持つため、施設保護の価値観が強い

児童相談所や孤児院の設置が義務づけられた。

1994年

子どもの権利条約批准

子どもの権利として、虐待からの保護を社会や行政が整備することが求められた

1997年

児童福祉法改正

権利条約や出生率の低下を背景に、児童相談所の機能が強化され、児童家庭支援センターが設立された

2000年

児童虐待防止法

虐待を特殊な例外的な問題ではなく社会問題として起こりうる問題として位置付けることになった。

虐待の定義や通告義務が規定された。

 

親の権利と子どもの権利

第19条

1 締約国は、児童が父母、法定保護者又は児童を監護する他の者による監護を受けている間において、あらゆる形態の身体的若しくは精神的な暴力、傷害若しくは虐待、放置若しくは怠慢な取扱い、不当な取扱い又は搾取(性的虐待を含む。)からその児童を保護するためすべての適当な立法上、行政上、社会上及び教育上の措置をとる。

2 1の保護措置には、適当な場合には、児童及び児童を監護する者のために必要な援助を与える社会的計画の作成その他の形態による防止のための効果的な手続並びに1に定める児童の不当な取扱いの事件の発見、報告、付託、調査、処置及び事後措置並びに適当な場合には司法の関与に関する効果的な手続を含むものとする。

2000年代以降は、虐待というのは社会的にあり得るという考えが広がり、法制度の整備や意識的な変革が現在まで広がっています。

 

2020年4月から児童虐待防止法が改正され保護者による体罰が禁止されたことも、2012年から民法における、親の懲戒権(子どもを罰する権利)が「子の利益のため」と限定されたのもの、この流れの一つになります。

 

この背景には、虐待が「しつけ」という大義名分で行われることが多くあり、親の懲戒権と、子どもの権利のぶつかりが明らかになってきたため、親の懲戒権の限定と、家庭に介入する児童相談所の権限強化という形で、児童虐待への対策が進んできています。

 

まとめ

児童虐待は従来、貧困や戦争孤児という観点から見られてきましたが、現在では子どもの権利という観点で、様々な家庭で起こりうる社会問題としてとらえられています。このことは、各家庭だけに子育ての責任を押し付けず、1人1人の子どもの権利を保護する社会の役割が必要であるという考えが広がっていることを意味します。

 

私たち1人1人が児童虐待に少しでも興味を持っていただけたら幸いです。

 





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