私たちの取り巻く環境には、様々な契約行為があります。意識すらしませんが、スーパーで物を買うのは売買契約です。病院に行き診療してもらうのは、診療契約と呼ばれています。例えば、私たちが買い物で表示されている値段と実際請求される値段が違ったら、おかしいと思うことでしょう。こうしたトラブルを解決するのが民法です。
今回は「錯誤」について改正点を解説していきます。
このページで分かる事
錯誤とは?
錯誤とは、意思表示をした場合において、表意者の認識しないところで、表意者の主観と現実との間に食い違いがあることを言います。
難しい言葉ですが、分かりやすく解説すると、意思表示というのは「売りたい」「買いたい」など互いの意思が一致すれば、売買契約が成立します。つまり、意思表示というのは、法律効果を発揮する意思の表示です。表意者というのは、意思表示をした人のことです。売りたいのが「私」であれば、「私」が表意者です。
これを踏まえて、錯誤を図にするとこのような形になります。
Aさんは5000円のメロンを間違えて500円と書いた値札を作り、そのまま気がつかずに売ってしまいました。Bさんは500円の高級メロンなんて安いと思い、500円で買いました。
この場合Aさんは、主観では5000円で売っているつもりですが、現実には500円で売っています。これを錯誤といいます。
5000円を500円は極端ですが、例えば、別の商品と見間違え、値段を間違えてしまったということは十分に起こりえます。錯誤が起こったときはどのようになるのでしょうか。
錯誤起こった場合はどうなるの?旧民法の場合
民法では錯誤が起こった場合、AとBの間をどのように調整するのかが定められています。
旧民法では、第95条でこのように規定されています。
第95条
意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
条文では、錯誤があれば無効にできますよ。しかし、重大な過失があれば、無効にはできませんよ。と書かれています。では重大な過失とはなんでしょうか。図1で言えば、5000円を500円と書くのは明らかなAのうっかりミスです。これは重大な過失なのでしょうか?
長い間、錯誤について議論が積み重ねられ、この度新しく民法が改正されました。その要点を解説していきます。
新しい民法で錯誤はどのように変わったか
第95条
第1項 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
第2項 前項第二号の規定による意思表示の取り消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
第3項 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第1項の規定による意思表示の取り消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき
第4項 第1項の規定による意思表示の取り消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
条文だけ見てもよくわかりませんので、詳しく説明していきます。
第1項の変更ポイント
第1項では錯誤の要素には2種類あると定められました。また、錯誤が起こった場合に無効にするではなく、取り消しができるという文に変更されました。
無効から取消しへ
錯誤の要件を明確に
錯誤の種類を明確に
「無効から取消し」はそこまで大きな問題ではありません。元々、無効ではなく表意者を保護するという観点から、表意者以外しか主張できませんでした。そのため取消しで十分ということがわかったため、取消しへと変更されました。
無効は初めから契約の効力がなくなりますが、取消しの場合は取消されるまでは有効な契約となります。
「錯誤の要件」は2種類あります。条文では、「錯誤に基づくものであって」「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき」と書かれていますが、簡単には次のようになります。
前者は、錯誤がなければ、表意者は意思表示をしなかったであろうこと、先ほどの例では500円でメロンを売るはずはありませんでした。これを「主観的因果性」と呼びます。後者は、意思表示をしないことが一般取引通念からしても正当と認められることです。これを「客観的重要性」と呼びます。
この2つが必要であるとされました。
次に「錯誤に種類」にも2つの場合があります。1つは例にあげたように、0を1つ間違えてしまったことのように、「表示行為の錯誤」と呼ばれるものです。表示行為そのものを自分の意図とは異なる表示行為をしてしまったというものです。
2つ目が「動機の錯誤」は例えば、下の図2のような時です。
買う人は有名なC先生の絵だと思い、売買契約の意思表示を示しました。しかし、これは偽物であったため、本当は500万もしません。それを購入してから、買う人は気づきました。Cだと思ったが、実は違ったということはあり得る話です。
このような、意思表示の動機に錯誤がある場合を「動機の錯誤」といいます。
第2項のポイント、動機の錯誤の要件を明らかに
第2項は動機の錯誤の場合、どのようなときに取消しとなるかが明文化されました。「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り」取消し可能であるとされています。
先ほどの図2の場合で見てみると、買いたいと思っている人が、売る人に対して「Cの作品を探している」という動機が告げられている場合には、意思表示の基礎の中に含まれていると見なされて、取消しが可能になります。
逆に、「Cの作品が欲しいな」というのを心の中だけで思っていた場合には、取消しはできないということになります。
第3項のポイント、表意者に重過失があっても取消しができる例外パターン
表意者に重過失がある場合には錯誤があっても取消しができないとありましたが、特定の2つのパターンには、過失があっても取り消しができます。
相手が錯誤があることを知っていた、または重過失によって錯誤に気がつかなかった
自分も同じ錯誤に陥っていた場合
1の場合は、例えば、図2の例で言えば、「この絵が500万もするわけないだろう。こいつ間違えてやがるな」と明らかに気づいていた場合(悪意がある)や、明らかに気づけるはずなのに500万で売ってしまった(過失がある)といった場合です。
この場合には、取消しすることができます。
2の場合は、例えば、図2で言うと、売る側も「C先生の作品だ」と思っていた場合には取消しをすることができます。
第4項のポイント 第三者が介入した場合
今回の民法の改正で、第三者保護規定が心裡留保や錯誤などで追加されました。
売りたいと思っていたAが錯誤によって、Bに安く売ってしまった。Bはその後Cに売った場合、CがAの錯誤を知らず(善意)、錯誤を知ることができない(無過失)という善意無過失である場合は取消しができないと規定されました。
つまり3人目が追加された場合は、3人目に過失や悪意がない場合は錯誤による意思表示を取り消すことができないということになります。
まとめ
基本的な錯誤の場合は、次の表のようになります。
錯誤の種類 | 錯誤が認められる場合 |
表示の錯誤 図1の場合 (意思表示をする表示が間違えであった) | 主観的因果性 客観的重要性 |
動機の錯誤 図2の場合 (意思表示をする動機に錯誤があった) | 主観的因果性 客観的重要性に加えて |
その事情が法律行為の基礎となっていることが表示されている |
この場合に加えて例外がある場合
表意者の重過失 | 相手 | 取消しできるかどうか | |
原因 | なし | 取消し可 | |
例外 | あり | 取消し不可 | |
例外の例外 | あり | 相手方が悪意又は過失がある 相手方が同じ錯誤がある | 取消し可 |
今回の改訂で、錯誤について細かく決められることになりました。従来の裁判で既に判例としては出されていましたが、明文化されることで、より強化されたことになります。
意思表示の錯誤を防ぐためには、意思表示の間違いといったヒューマンエラーを減らす取り組みや、意思表示を明確に言う必要があります。
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